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 vol.18  岡本恵介 先生(腎臓内科学 診療助教

Research Story, vol.18
奈良県立医科大学 腎臓内科学 診療助教 岡本恵介先生
【American Journal of Kidney Diseases】2024 Aug;84(2):145-153.  

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論文タイトル:
 Low-Dose Continuous Kidney Replacement Therapy and Mortality in Critically Ill Patients With Acute Kidney Injury: A Retrospective Cohort Study

 急性腎障害を有する重症患者における低用量持続的腎代替療法と死亡率:後ろ向きコホート研究

 2024年8月、American Journal of Kidney Diseases(IF = 13.2, 2022年)に岡本先生の論文が掲載されました。同誌は米国腎臓財団が発行する腎臓内科領域の国際学術誌で、臨床腎臓学におけるメインストリームジャーナルとして高い国際的影響力を持っています。今回は、論文の内容だけでなく、発表に至るまでの経緯や今後の研究の展望、さらに臨床留学で得られた貴重な経験についてもお話を伺いました。

 

➀論文の掲載おめでとうございます。まず、今回発表された研究の内容について、専門分野外の方にも分かるようにご説明いただけますか。

 ありがとうございます。今回の研究は、持続的腎代替療法 (Continuous Kidney Replacement Therapy, CKRT) に関するものです。診療現場の先生方には、CHDFという名称で馴染みがあるかと思います。CKRTは、急性腎障害を発症した重症患者に対して集中治療室で行われる特殊な血液浄化療法で、血圧が低い患者にも比較的安全に実施できるという特徴があります。本論文では、特に血液浄化量に着目して解析しました。海外では、すでに大規模なランダム化比較試験が実施されており、その結果を基に20~25 mL/kg/時がCKRTの推奨血液浄化量として国際ガイドラインに示されています。一方、日本では保険診療上の制約があり、実際のCKRT血液浄化量は、国際的な推奨量を大きく下回っています。私は「その低い血液浄化量は本当に安全なのか?」という点に疑問を持ち、今回の研究を始めました。その結果、血液浄化量の中央値である13.2 mL/kg/時より低い患者群では、死亡率が有意に高いことが多変量解析により明らかになりました。また、血液浄化量を連続変数として扱った解析でも、90日死亡率との間に有意な逆相関の非線形関係が認められました。この結果は、CKRT血液浄化量の安全な下限値の存在を示唆するものであり、国内の治療安全性について、改めて議論する余地があることを示す結果であったと考えています。

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                 岡本先生

         

②今回の研究がどのように評価されたのか教えてください。

 本研究が高く評価された理由は、大きく2つあると考えています。まず1つ目は、日本でしか実施できない独自性の高い研究であった点です。海外では、CKRTの血液浄化量は国際ガイドラインが推奨する20〜25 mL/kg/時を下回ることが基本的に許されません。つまり、「基準値未満の低用量CKRTが安全かどうか」という問いそのものが議論されてこなかったのです。そのため、本論文を投稿した際には、査読者から「倫理的に問題はないのか?」と確認されるほどでした。裏を返せば、基準値未満でのCKRTの安全性に関するエビデンスは世界的に欠けており、日本からしか生み出せない貴重なデータであるということです。本研究で得られた知見は、日本国内だけでなく、国際的にも大きな意義を持つと考えます。2つ目は、COVID-19による医療資源不足という世界的な状況が研究の価値を高めた点です。具体的に申しますと、2018~2020年の2年間、私はアメリカのサウスカロライナ医科大学に腎臓内科クリニカルフェローとして臨床留学をしており、研修後半の2020年にCOVID-19パンデミックを経験しました。日本と異なり、アメリカではマスク着用の習慣がありませんでしたので、当時の日本とは比較にならないほど急速に感染が広がり、ICUでの加療が必要な重症患者も急増しました。そのため、臨床現場でCKRTを含む医療資源が逼迫していく様子を目の当たりにしました。こうした状況では、限られた資源を適切に配分しながら、どこまで安全に治療を縮小できるのか、つまり「安全な下限値」を知っておくことが極めて重要になります。本研究は、まさにその下限値が存在する可能性を示唆した、世界で初めての報告でした。そのため、低用量CKRTの安全性に関する新たな視点は、資源が制限される状況にも応用できる重要な知見と考えられますし、論文掲載後に同ジャーナルの公式ブログでインタビュー記事を掲載していただいたり、私たちが診療を行う際によく利用しているUpToDate®に参考文献として取り上げていただきましたので、このトピックが注目され、国際的にも評価されたのだと実感しました。

 

③研究を始められたきっかけを教えてください。

 もともと私は学生の頃から米国臨床留学に興味があり、医師になってからも米国医師国家試験 (USMLE) に合格し、海外で医師として働くことを目標のひとつにしていました。そのため、正直に申し上げると、当初は研究そのものに強い関心があったわけではありません。転機になったのは、アメリカへの臨床留学時の経験です。日本とは異なる多彩な人種や疾患群、医療・教育・研修システムや働き方に触れ、大きなカルチャーショックを受けました。なかでも印象的だった事のひとつがCKRTの血液浄化量の違いです。日本では、保険診療の制限のため患者の体重に関係なく血液浄化液(サブラッド®やサブパック®)が1日15~20 Lという固定量での処方がいわゆる常識で、そのことに疑問を持つ機会もありませんでした。しかし留学先では、国際ガイドラインが定める20〜25 mL/kg/時を順守することが当然であり、日本の血液浄化量が国際標準より大幅に低いことを初めて実感しました。フェローシップの一環で行われるランチタイムのトピック発表で血液浄化量を取り上げた際には、現地の同僚が非常に驚き、「それは安全なのか?」と問われました。そこで初めて、日本の実臨床で行われている低用量CKRTの安全性について、客観的に検証する必要があるのではないかと感じたのです。この留学での経験がきっかけとなり、研究に対する意識が大きく変わりました。「誰も答えを知らない問いに挑戦したい」という思いに変わり、本研究に取り組む原動力となりました。

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                  インタビューの様子 

 

④留学中のご経験についてもっと詳しく教えてください。

 USMLEに合格した後、アメリカで腎臓内科医として活躍する日本人医師の情報を知り、思い切って直接連絡を取りました。オンラインで面談していただいた際、「まずは見学に来てみてはどうか」と勧められ、日本の勤務先を1か月間休職して渡米することを決めました。ところが実際に現地を訪れてみると、連絡を取っていた先生はすでに別の大学病院へ異動されていました。それでも、当時のフェロー(腎臓内科の専門研修医)に同行して回診に参加させてもらうことができました。規定上、患者さんを直接診察することはできませんでしたが、指導医とのディスカッションには毎日加わることができ、短期間ながら非常に密度の濃い学びの時間となりました。この1か月の見学を経て正式に面接を受け、マッチングが成立し、念願の臨床留学が実現しました。アメリカでの研修は、日本とは文化も働き方も大きく異なっていました。まず驚いたのは、入院患者の回診を土日含めて毎日、指導医とともに行う点です。また、医療制度の違いから入院期間が非常に短く、1年間で日本の数倍もの症例を経験できることも大きな刺激になりました。教育体制の違いも非常に印象的でした。ランチタイムはフェローだけでなく指導医も一緒に過ごしますが、そこで単に食事をするだけではありません。ある日はトピック発表、別の日には腎病理のセッションが組まれ、フェローが腎生検を受けた患者の症例をプレゼンし、腎病理医がその場で所見を読み解いていく──。こうした日常的に教育が組み込まれた環境は、日本ではなかなか得られないものでした。さらに、臨床から離れて研究に専念できる4週間の期間が体系的に設けられてRyugakutrhp.jpgいました。この期間中は指導医の先生とともに、ジョンズ・ホプキンズ大学のコホート研究に携わる機会をいただき、臨床とは異なる視点で医学に向き合う貴重な経験となりました。これらすべての経験を通じて、私は自分の臨床観だけでなく、研究への興味、医学教育の在り方や制度そのものに対する視野が大きく広がったと感じています。臨床留学は、単なる知識習得に留まらず、医療者としての価値観を根底から揺さぶられる経験でした。

    

⑤研究を遂行するにあたり苦労した点はありますか。

 最も大変だったのは、膨大なデータ入力と統計解析を、ほぼ一人で進めなければならなかったことです。仕事のない日は朝から晩まで外来にこもり、ひたすらデータと向き合いました。入力項目が1,000件に達することもあり、1日ごとの状態変化を丁寧に記録していく作業は、想像以上に時間と労力を要しました。統計解析についても、専門的な教育を受けていたわけではないため、外部講習に参加したり文献を読み込んだりdatastacktrhp.jpgしながら、まさに手探りの状態で進めました。特に査読者からのコメントは新しい気づきの連続で、適切な解析手法や統計学的な考え方を理解する上で大きな学習機会になりました。そして、この地道な作業を続けるなかで、「どのデータが本当に必要なのか」「どう整理すれば臨床的な意味を持たせられるのか」といった視点が徐々に養われていきました。振り返ると、この時間こそが研究者としての基盤を形づくる上で非常に価値のあるプロセスだったと感じています。 

               

⑥今後の展望について教えてください。

 今後は、日本だけでなくアメリカなど海外のデータも組み合わせて解析を進め、より普遍性のあるエビデンスを構築したいと考えています。今回の研究は国内の単施設コホートであり、低用量CKRTと国際ガイドライン推奨の血液浄化量を直接比較することができませんでした。しかし、日米それぞれの医療環境で得られたデータを統合し、解析を行うことで、これまで見えてこなかった傾向を捉えられると期待しています。また、こうした国際共同研究を通じて、日本発の知見を世界に発信し、CKRTの最適化に貢献できるよう取り組んでいきたいと考えています。

 

⑦最後に感謝を伝えたい方はいらっしゃいますか。

 まず、専門分野の枠を超えて私の研究を力強く後押ししてくださった、腎臓内科学の鶴屋和彦教授に心より感謝申し上げます。また、本研究は、奈良医大集中治療室で治療を受けた患者を対象としていますので、電子カルテの閲覧と、臨床データの入力を快くご承諾くださった麻酔科学の川口昌彦教授、救急医学の福島英賢教授にも、この場をお借りして深く御礼申し上げます。そして、臨床留学という大きな挑戦を常に支えてくれた家族にも感謝の気持ちでいっぱいです。なかでも、私のキャリアのために自らのキャリアを中断し、海外生活に帯同してくれた妻には、どれだけ感謝してもしきれません。家族の支えがあったからこそ、今回の研究にも全力で取り組むことができました。

 

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以上

 

(インタビュー後記)

 岡本先生は、日々の臨床経験の積み重ねこそがクリニカルクエスチョンを生み、それがやがて大きなリサーチクエスチョンへと発展していくと語ってくださいました。特に印象的だったのは、海外を含めた多様な医療現場で経験を積むことで、自分が当たり前だと思っていた「常識」が実は場所によって全く異なることに気づく── その気づきが新しい発見を生む原動力になるというお話でした。また、今年から教育にも携わるようになったことで、ご自身の経験を若手に還元し、エンカレッジしていきたいという強い思いも語られていました。臨床・研究・教育を横断して挑戦し続ける姿勢に、医師としての真摯さと情熱を感じるインタビューでした。

インタビューアー:研究力向上支援センター
URA特命講師 田中昌子 URA特命教授 上村陽一郎 URA 垣脇成光

 

【 American Journal of Kidney Diseases (AJKD) 】: 米国腎臓財団の公式ジャーナルで、腎臓病学分野の臨床・基礎研究を幅広く掲載する国際的な学術誌です。世界中の腎臓専門医や研究者に最新の知見を提供する、権威ある情報源として高く評価されています。(外部サイトへリンク)

【岡本恵介先生の論文】: 【American Journal of Kidney Diseases】2024 Aug;84(2):145-153.(外部サイトへリンク)

 

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