ホーム > 関連施設・センター > 研究力向上支援センター > 若きトップサイエンティストの挑戦 > vol12 岡﨑康輔先生(精神医学 博士研究員)
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2023年4月8日に、Psychiatry and Clinical Neurosciences(IF=11.9, 2022年)に岡﨑先生の論文が掲載されました。日本精神神経学会が発刊する英文精神医学専門誌Psychiatry and Clinical NeurosciencesはPsychiatryの分野で世界ランク上位に位置する国際的に影響力のある学術ジャーナルです。今回は論文の内容をお伺いすると同時に、発表に至る裏話や今後の抱負などをお聞きしてきました。
➀今回の論文の骨子について専門領域以外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。
→統合失調症という病気をご存じでしょうか。これは精神疾患の一つで、世界的な調査では100人に1人が発症し、国内でも80万人の患者さんがいるといわれています。我々精神科医にとってはcommon diseasesつまり患者さんが比較的多い病気ということになります。症状は大きく陽性症状、陰性症状、認知機能障害の3つに分類されます。陽性症状とは幻覚や妄想といった実在しないものを経験する症状で、多くの患者さんがこの症状を訴えます。陰性症状とは、やる気が出なく、喜怒哀楽の感情表現も乏しくなり、引きこもりがちになる症状です。この病気で最初に現れる症状の1つで、患者さんの7割程度がこの症状を訴えると言われています。認知機能障害では、注意力、集中力、記憶力、理解力の低下がみられます。10代後半から30代にかけて発症することが多く、先ほどお話した症状のため人と関わりを持って社会生活を送ることが難しくなります。症状が長引くと、社会復帰が極めて困難となるため、早期の診断が求められています。しかし、この病気の原因についてはほとんどわかっていません。遺伝的要因に加え環境的要因が引き金になって発症すると言われており、発症がライフイベントの多くなる時期と重なります。
(岡﨑先生)
今回我々は、眼球運動と認知機能の検査結果を組み合わせることで、統合失調症の患者さんを客観的に精度高く識別できるようになることを報告しました。眼球運動の検査には写真1のような機器を使い、物を見ている際や動いているものを目で追う際の眼球の動きを様々に数値化した35項目を測定し、その中から疾患との関連が疑われる16項目を絞り込みました。認知機能の検査には、知能を計測するWAIS-IIIと記憶を計測するWMS-Rの2種類を使いました。統合失調症の患者さんでは眼球運動と認知機能の各々7項目の値が健常者に比べて低下していました。それぞれ単独の検査でも患者さんを効率よく識別できましたが、この2つの検査結果を組み合わせるとさらに識別の精度が上昇することがわかりました。今回使った2つの検査はあまり時間をかけずに測定し結果を数値化できます。このような客観的な指標は、統合失調症の診断をより正確にそして迅速に下すための客観的補助診療として利用できるのではないかと期待しています。
写真1. 研究に用いた目の動きの計測装置
②【Psychiatry and Clinical Neurosciences】に論文が掲載されることになった評価ポイントについて、ご自身はどのような分析をしておられるでしょうか。
→実は、今回使った眼球運動と認知機能は統合失調症の患者さんで低下しているという報告は以前からありました。しかし、この2つを組み合わせて、統合失調症の判定に用いるという研究はなく、この点が評価されたと考えています。また、データの解析手法や内服されているお薬の用量や社会活動の時間といった被験者の背景の影響についても多くの検討を行ったという新規性も評価されたポイントだと思います。
Psychiatry and clinical neurosciencesという学術誌は臨床目線で読んでいる読者が多く、統合失調症について汎用性の高い結果が得られたことで、掲載につながったのではないかと考えています。今回、精神科医のエキスパートにより非常に多くの高品質なデータを収集し解析できました。また、データは担当した医師や使用した計測機器の違いから2群に分かれていましたが、どちらのデータセットからも同一の結論を得ることができました。つまり、眼球運動と認知機能の検査を組み合わせると統合失調症の患者さんの診断補助として全国の病院で広く利用できることを意味しており、我々の研究の臨床面における重要性が評価されたのだと思います。
図1. 統合失調症と診断/治療の早期化の効果
③この研究を始められた動機、またこの分野を専攻された経緯についてお聞かせください。
→医師を目指した理由は、幼いころ家族がひどい喘息を持っていたのですが、お医者さんが親身になって診察、治療してくれる姿を見て、人に貢献できる仕事としてその魅力を感じたからだと思います。それもあって、医学部進学後も、小児医療にずっと興味を持っていました。また、医学分野としては、原因について未知なことも多く、治療法もまだまだ発展性のある精神疾患に興味を持ち、本学の精神医学講座に入局しました。現在は児童精神科を専門として奈良県下にありますハートランドしぎさんという病院の「こどものこころ診療センター」に勤務しています。このセンターは7月に開設されたばかりなのですが、すぐに予約が埋まってしまう状況に驚きました。また、全国の子どものこころを診療する病院では、受診まで数か月から中には約1年以上かかるところもあり、子どものこころの診療のニーズは非常に高まっています。一方、困ったときにすぐに診察してもらえない、という本邦の課題点も浮き彫りとなっています。さらに、お子さんは症状などをうまく言葉にすることができない場合が多く、保護者から情報を聴取することが必要です。加えて、お子さんの治療において保護者の協力は必要不可欠です。病気を理解するためには生活環境を含めてみていく必要もあり、お一人にかかる時間がどうしても増えていきます。お子さんの精神疾患が長引けば本人だけでなく、社会としても大きな損害になります。いち早く診察、そして診断し、少しでも早く介入することでより早く回復に近づけられるよう、現在は地域からできることを考えながら、診療および研究を進めています。
奈良医大の精神医学講座では自閉スペクトラム症の研究が盛んです。動物モデルを使った基礎研究から多施設共同による臨床研究まで幅広くおこなっています。実は、私は自閉スペクトラム症患者の眼球運動についても多施設共同研究をしており、かなり多くの症例を集め、疾患との関連を調べていました。今回の論文ではこれまでの私の研究経験が買われ、大阪大学で多く収集されていた統合失調症患者の眼球運動の結果をまとめてみないかとお声をかけていただきました。
(インタビューの様子)
④この研究を進めるにあたって特に苦労されたことがあれば教えてください。
→今回の研究は多施設で実施したもので、月に1回は全体ミーティングが開かれ、進捗状況を発表していたのですが、同時に他の大型プロジェクトにも参加しており、発表準備には大変苦労しました。また、ミーティングではいろいろな意見が出ますので、それを理解してから次に進めるという作業に苦労しましたが、他施設の研究の進め方など、大変参考になりました。この経験は、今では後輩の指導に大いに役立っています。
また、今回は大量のデータを扱い新しい解析手法も導入したため、正確性を期すため複数の機関で同時に解析し、結果を照らし合わせるという作業をしました。結果が合わないと、解析をやり直す必要があり、根気のいる作業で大変でした。
今回の論文では査読者が3人いて、3回の改訂を要求されました。二人の査読者は改訂版の内容で納得してもらえたのですが、もう一人が厳しく、最後には論文のストーリーを変更するよう求められました。我々は、あくまで臨床的に使える内容として発表したかったので編集者とも相談し、最終的に納得してもらいました。
⑤今後の先生の目標についてお伺いしてもよろしいでしょうか。研究内容等について差し支えない範囲でお話いただけるでしょうか。
→今回の研究では、眼球運動と認知機能の検査を組み合わせると健常者と統合失調症患者を識別できることを示しました。先ほどお話ししましたように、私自身はこれまで自閉スペクトラム症という疾患を研究してきました。自閉スペクトラム症と統合失調症の症状は似た点もあり、今後は同様の検査で2つの似た疾患を区別できるのかといった問題に取り組んでいきたいと思います。これにより、臨床現場でより汎用性の高い、また簡便かつ正確な診断を行うための結果を得られるのではないかと期待しています。
また、現在もう一つ大きなプロジェクトとして仮想エージェントによるソーシャルスキルトレーニングの開発をおこなっています。ソーシャルスキルトレーニングとは精神疾患をもつ患者さんが苦手とする他者との会話など社会的行動の向上を目的としたトレーニングのことです。これは奈良先端大学大学院の中村哲先生との医工連携として進めており、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援を受けています。まもなく、健常者を対象とした実証実験を開始する予定で、検証がうまく進めば実際に患者さんにも利用してもらえるデバイスとして広く普及することを期待しています。
⑥本研究を進めるにあたっての謝辞があればご紹介ください。
→先ず、今回の論文の執筆の機会を与えていただいた共著の方々に感謝いたします。特に、責任著者で国立精神・神経医療研究センター室長の三浦健一郎先生には、きめ細かいご指導を頂き感謝しています。
また、本学から私と共に本論文の共著者として参加されている奈良県立医科大学精神医学講座准教授の牧之段学先生には、本研究グループへお誘いいただき感謝しています。牧之段先生なしでは、当講座で現在実施できている多施設共同研究の環境を提供してもらえなかったと思います。牧之段先生には大学院時代からお世話になっており、学位論文もご指導いただきました。私の研究テーマとなっている自閉スペクトラム症患者の眼球運動は二人で雑談をしていた時に着想したもので、この分野への扉を開いていただきました。今回の論文をまとめるにあたり、くじけそうになることもあったのですが、研究者として、人生の先輩として牧之段先生に励ましを頂き、このような形で発表できたことは大きな喜びです。
以上
(インタビュー後記)
→学外の病院に勤務され、お忙しい中本学までご足労頂き、快くインタビューをお引き受けいただいた岡﨑先生に大変感謝いたします。統合失調症がこんなに身近な病気だとは知りませんでした。小さい頃に見た小児科医の姿から小児医療を志し、現在は子どものこころの病と向き合っている心優しい先生でした。インタビューの中で、医師としての達成感をお伺いした時の話が印象に残っています。「担当したお子さんを10年くらい見ていると症状を乗り越え大学生になっても、時折私の所に近況を報告しに来てくれます。医師と患者との関係から人間と人間の関係に移っていく、その時はとても嬉しく思います。私自身、精神科医として治療の中心になるのではなく、あくまで患者さんの治療における案内人として道を一緒に探す存在でありたいと思います。」こう語る先生の目には子どもへの慈しみがあふれていました。先生のこの姿を見た子どもの中から、小児医療を志す次の世代の「岡﨑先生」が出てくるだろうと確信しました。人のこころが不調となる精神疾患は複雑で、原因もよくわかっていないということでした。その中で、患者さんを社会に取り残されることなくどのように救うのか、先生がもつ慈しみの瞳の奥に熱い使命感を感じました。先生が目指されている臨床現場で子どもに役立つ研究成果をこれからも期待せずにはいられません。
インタビューアー:研究力向上支援センター特命准教授・URA 上村陽一郎
URA 垣脇成光
【Psychiatry and Clinical Neurosciences】:日本精神神経学会が発刊する英文精神医学専門誌Psychiatry and Clinical NeurosciencesはPsychiatryの分野で世界ランク上位に位置する国際的に影響力のある学術ジャーナルです.(外部サイトへリンク)
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