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 vol.15 【特別編】北川 洸 先生(消化器内科学講座 講師

Research Story, vol.15 特別編
奈良県立医科大学 消化器内科学講座 講師 北川 洸 先生
【Endoscopy】2023 Dec;55(S 01):E392-E393.

                      kitagawa8421 

論文タイトル:
 Efficacy of short-bending sphincterotome for difficult biliary cannulation in double-balloon enteroscopy-assisted ERCP.
 
ダブルバルーン内視鏡を用いた内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)における胆管挿管困難例のための短湾曲型sphincterotome(乳頭括約筋切開用カテーテル)の有用性

 当コーナーは、奈良県立医科大学の助教・医員の先生方へのインタビューを主に掲載しておりますが、今回は、特別編と題して消化器内科学 講師の北川洸先生のインタビューをご紹介いたします。
 2023年12月(2023年2月3日オンライン版)のEndoscopy(IF=11.5、2023年)に北川先生の論文が掲載されました。Endoscopyは消化器内視鏡学分野のトップジャーナルです。今回は論文の内容をお伺いすると同時に、発表に至る裏話や今後の抱負などをお聞きしてきました。

➀今回の論文の骨子について専門領域外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。

 私は、消化器内科で臓器としては特に胆道・膵臓領域を専門に内視鏡を使って診断・治療をしています。今回の論文では、胆管挿管のための新しい工夫について報告しました。
 脂肪の消化吸収を助ける胆汁は肝臓で作られて胆嚢に貯蔵・濃縮されます。胆汁は食べ物の刺激が入ると総胆管を通って、十二指腸に放出されるのですが、その直前で膵臓から分泌される消化液の通り道である膵管と合流します。この出口はファーター乳頭と呼ばれています。胆膵領域の診断・治療には現在、内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)という方法が使われています。これは、文字通り内視鏡を口から十二指腸まで挿入し、ファーター乳頭を目印に胆管あるいは膵管にチューブを挿管し、胆道系と膵管を造影する技術です。膵炎や穿孔などの合併症が起きることもあるので注意が必要ですが、内視鏡からステントを挿入したり結石を除去することもでき、治療にも使われている優れた内視鏡手技です。一方で、胆管にカテーテルを挿管しないと病気への処置(治療)が始まらないのですが、どうしても胆管挿管困難な症例が一定数あります。その代表が、術後再建腸管の患者さんです。胃がんあるいは胃潰瘍等で、胃を切除した患者さんは食べ物の通り道を作り直すため、小腸と十二指腸を完全に繋ぎ直す必要があります。このように解剖学的な変化が加わっている患者さんでは、通常の患者さんに使うERCP用の十二指腸内視鏡では十二指腸乳頭まで到達できません。昔は、外科の先生にもう一度手術をしてもらうか、画像下治療(IVR:インターベンショナルラジオロジー)科の先生に経皮的に胆管にカテーテルを入れてもらうしかありませんでした。
 2000年頃、自治医科大学の山本博徳先生がスコープの先端と手前にバルーンがついたダブルバルーン小腸内視鏡を開発され、「尺取り虫」のように小腸を手繰り寄せながら深部まで内視鏡が到達できるようになりました。これで術後再建腸管の患者さんにもERCPがだいぶ普及してきたのですが、せっかく苦労して乳頭に到達しても胆管への挿管治療が難しい症例があり、どのように克服すればよいかを考えていました。通常のERCP用内視鏡は、「側視鏡」といってスコープの先端に横向きのレンズが付いていて、狭い十二指腸の管腔内でも乳頭が見え易くなっています。また、この内視鏡の先端にはカテーテルの動きを自由に調整ができる鉗子挙上装置も付いており、胆管・膵管への挿管を行いやすくしています。一方、バルーン内視鏡は小腸への挿入を優先するため、前方のみを見る「直視鏡」となっており、鉗子挙上装置もありません。そのため、医師はスコープの動きだけで胆管に挿管しなければならず、それが難しい。そこで何とかカテーテル先端の動きの微調整をしたいと考え、思い至ったのが今回利用した短湾曲型sphincterotome(乳頭括約筋切開用カテーテル)です。sphincterotomeの本来の使い方ではないのですが、先端をシャープに曲げられるという機能に注目し、これを術後再建腸管例のERCPに応用すれば、バルーン内視鏡における胆管挿管が難しいタフな状況でもうまくいくのではないかということで検討し、その有効性を示すことができました。以前は、奈良県立医科大学附属病院でも術後再建腸管の胆管挿管成功率は80%程度でしたが、ここ2,3年は95%程度まで改善されています。

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                 (北川先生)          

②この研究が評価されたポイントをご自身はどのように考えておられるでしょうか。

 今回はEndoscopyのE-videosに論文として発表したのですが、研究成果をどこの学術誌に出すかはいつも迷います。インパクトファクターは1つの目安ですが、若い時に師匠の先生に「インパクトファクターも大事だが、どんな人に読んでもらいたいかを考えた方がいい」と教わったことがあり、学術誌の読者がどのような人なのかを気にかけています。Endoscopyはヨーロッパのthe European Society of Gastrointestinal Endoscopy(ESGE)学会が消化器内視鏡に関する最新技術や国際的な進歩の情報発信の場として発刊している権威ある学術誌です。一方、この学会のERCPに関するガイドラインには、「術後再建腸管症例において、鉗子挙上装置が付いていない直視鏡でERCPを実施することはとても難しい」というようなニュアンスのことが記載されています。そこで、今回このカテーテルを使って先端の角度を微調整する手技が、鉗子挙上装置の代わりとなりうるという論理で論文を執筆すれば、Endoscopyの読者にも関心を持ってもらえると考え、投稿を決めました。
 実は最初の投稿論文はE-videosではなくて、短湾曲型sphincterotomeを使った胆管挿管の成績と従来法の成績を比較検討したフルペーパーでした。残念ながらフルペーパーでは受理されませんでしたが、雑誌社から姉妹紙であるEndoscopy International Openへのトランスファーか、あるいは興味深いビデオがあるのでE-videosとして再投稿してはどうかとの提案をいただきました。Endoscopy International Openへは原稿をそのまま送り直すだけなので楽なのですが、より多くの読者に届けたいという思いから、ビデオを再編集し論文自体も書き直して改めてEndoscopyのE-videosに投稿しなおすことにしました。幸い、再投稿してからは、査読者の評価は概ね好意的で、細かいカテーテルのスペックに対するコメントがいくつかあっただけで、無事採択されました。論文を書き直すのは大変だったのですが、当初の予定通りEndoscopy内で成果を発表でき、ERCP困難例克服の一助になればと期待しています。

③この研究を始められた動機、またこの分野を専攻された経緯についてお聞かせください。

 私自身は内科医、特に手が動かせる内科医になりたいと思っていました。手に職といいますか、手技を身に着けて、患者さんを診ながらも、自分で治療ができる内科医になりたいと思い、内視鏡を駆使する消化器内科を選びました。循環器内科でもカテーテル手技がありますので迷いましたが、消化器内視鏡は裾野の広い分野・手技だと感じ、こちらを選びました。今回ご紹介した術後再建腸管のERCPのようなニッチな(狭い)領域では難易度の高い処置になる一方、開業しているクリニックの先生も検診での胃カメラなどを広く一般的に実施しています。当時研修医だった自分には消化器内視鏡はとても懐の深い手技に思えて、この中でなら、何か自分に向いているもの・打ち込めるものが見つかりそうだなと思い、消化器内科に入局し、内視鏡を頑張ろうと思いました。
 医師となって7年目くらいの時に、さらに内視鏡の勉強をしたいと思い、先代の故・福井博教授にお願いして、北海道札幌市の手稲渓仁会病院の消化器病センターへ国内留学の機会を頂戴しました。ここは、ERCPや超音波内視鏡といった胆膵内視鏡検査・治療に関して日本でも有数のハイボリュームセンター病院です。国内留学生の教育にも力を入れており、全国から多くの医師が集まり研鑽を積んでいます。私も多くのことを勉強させていただきました。ここの医師たちは、ERCPは上手で臨床を頑張っておられるのはもちろんなのですが、常に誰かが何かの論文を書いておられました。臨床現場から出てくる膨大なデータや新しい知見を発信してこそ、医学の発展につながるという共通認識があったのだと思います。論文は自分で書くものではなく、「読んで情報を収集するもの」と考えていた私にとっては、大変な衝撃でした。実は私も手稲渓仁会病院で初めて英語論文を筆頭著者として発表させて頂きました。指導医の先生には原稿を真っ赤に直されましたけれど、苦労の末にアクセプトされPubMed(医学系文献の世界的なデータベース)に自分の名前がポンと出てきた時は嬉しくて、達成感を感じたのを覚えています。この時の経験が、今の姿勢につながっているように思います。

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               (インタビューの様子)  

④この研究を進めるにあたって特に苦労されたことがあれば教えてください。

 もちろん、検査を安全に実施し本来の目的を達成することが一番大事で、全ては「患者さんファースト」であるべきだと考えています。しかしそれと同時に普段から検査の質を向上させ、内視鏡の写真や動画を綺麗に残すことを意識しています。幸い、本学附属病院の内視鏡室では全症例をビデオ録画しています。
 今回もそうですが、臨床現場では論文になるような症例はある日突然やって来ます。しかし、多くの場合予測は困難です。貴重な症例を経験したり、新しい手技を見つけた場合でも、内視鏡の動画や画像がきれいな形できちんと残されていなければ論文として発表するのが困難になる可能性もあります。そのため、「日頃から丁寧な内視鏡をやってきれいな画像を残す」ということを常々意識していますし、若い先生にも言っております。

⑤今後の先生の目標についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

 胆膵領域の内視鏡検査ではこれから、ERCPに加え超音波内視鏡検査(EUS)が重要になってきます。EUSでは先端から超音波が発生する内視鏡を使用します。体の外側からだと遠い膵臓や胆管でも、解剖学的には胃や十二指腸のすぐ真裏にあるので、近接してアプローチでき、鮮明にエコー画像を直接確認しながら検査ができます。また、超音波内視鏡の先端から針・カテーテル・ステントなどのデバイス(器具)を操作できるようになり、様々な手技がいままさに発展しています。これからはERCPとEUSを両輪として胆膵診療を進めていく必要があり、EUSについても研究を進めていきたいと思います。
 もう一つは、デバイスの開発です。胆膵内視鏡では、このデバイスのおかげで患者さんの処置がうまくいった、助かったということが度々あります。今回は、既存のデバイスを応用したのですが、今後は是非、自分たち主導でカテーテルやステント等の理想的なデバイスを開発し、診療に役立てたいと思っています。
 先ほども触れましたが、後進の育成も目標の一つです。現在、胆膵内視鏡グループは私を含め7名が所属しています。症例については基本的には私が全て監督していますが、有難いことに若い先生たちの上達も著しく、高度な手技もどんどんこなされます。一方で、かつては内視鏡手技には職人技的なものがあるとされており、「見て覚えるのだ」と言われることもありました。しかし、先輩医師の技術を見よう見まねで覚えるのは時間がかかります。若い先生のためには、体系的な教育プログラムを整備していく必要があります。そのためにも、「言語化」という作業が重要だと考えています。「なぜこの器具を使うのか」、「なぜこの手技は難しいのか」、このような感覚的な事象をきちんと文章にすることで、若い先生にも効率的に知識が共有されると思います。幸い、私はこの言語化という作業に楽しさというか醍醐味を感じる性格で、若い先生たちの内視鏡教育にも貢献したいと思います。また、先ほどもお話ししたように、臨床現場で実際に患者さんを診て、自分でスコープを握っているからこそ書ける論文を発表する。これは究極の言語化作業であり、今後も取り組んでいきたいと思います。

⑥本研究を進めるにあたっての謝辞があればご紹介ください。

 特に家族、妻と子供たちに感謝しています。土日・休日でも、学会や研究会、緊急の内視鏡検査等で不在にすることも多いのですが、自分のやりたい仕事に打ち込む環境をつくってもらい、そして支えてもらい、大変感謝しています。最近は医師の働き方改革もあり、以前よりは家族の時間を作られるようになったので、オンオフを切り替えて過ごしています。
 国内留学させて頂いた手稲渓仁会病院には全国の病院から多くの医師が集まっており、そこで苦楽を共にした同僚とは今でも親友として仲良くしています。もう7年も経ちますが、学会や研究会で会うと昔話に花が咲き、すぐに当時に戻るといった不思議な感慨をいつも覚えます。日々の臨床で困ったことがあれば、お互いに情報交換し、支え合う関係が続いています。このような親友の存在は仕事を進める上で大きなモチベーションになっていますし、友人たちには感謝しています。
 また、所属講座や本学からも研究への支援をいただいており、恵まれていると感じます。所属長の消化器内科学 吉治仁志教授は研究を論文としてアウトプットすることを評価されており、昨今高騰が問題となっている投稿料も講座から支援いただいています。また、他学では論文の英文校正費に苦労されている先生もいらっしゃるようですが、本学では論文の英文校正助成制度があり、そちらを利用させていただき助かっています。

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以上

 

(インタビュー後記)

 胆道・膵臓という体の奥深い臓器にアプローチする内視鏡。報道等で内視鏡による診療は低侵襲性で患者さんの負担も軽いという程度の知識は持っていましたが、その最先端で何が起きているかを北川先生からお伺いできとても勉強になりました。素人の我々にも理解できるように明瞭に解説いただいた話し方に「信頼」という文字が重なりました。これまで発見の難しかった膵臓癌等の検査もより高感度・高精度にできるような技術が現在進行形で進んでいるということでした。北川先生も臨床にプライオリティを置いて、内視鏡を握っている自分だからできる研究、自分だから開発できるデバイスを探求されています。内視鏡を始められた当時の思いを初志貫徹するぶれない姿勢に頼もしさを見ました。

インタビューアー:研究力向上支援センター特命教授・URA 上村陽一郎
URA 垣脇成光

 

【Endoscopy】:ヨーロッパ消化器内視鏡学会(European Society of Gastrointestinal Endoscopy: ESGE)が発行する、内視鏡学に関する国際的な学術雑誌であり、消化器内視鏡分野において非常に重要な役割を果たしています。(外部サイトへリンク)

【北川 洸 先生の論文】:【Endoscopy】2023 Dec;55(S 01):E392-E393.(外部サイトへリンク)

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